微生物学者が乳がんになった時(Ⅲ:がれきの上にこいのぼり その10)

Ⅲ:がれきの上にこいのぼり<2015年12月~2016年12月>その10

冬なのに夏風邪?

今年も無事年の暮れを迎えることができそうと思っていましたら、11月末に3歳の孫が手足口病!あれは夏風邪みたいなものと教えていたのは間違いだった?暖房のせいでしょうか?暖冬のせいでしょうか?感染症の季節性がおかしくなっています。
NHKのメガクライシスの番組で新型インフルエンザが取り上げられていました。インフルエンザの語源はinfluence(影響)にあるそうです。16世紀、中世ラテン語influentiaの“ヒトの運命に影響する寒気、星のめぐり”という意味の占星術の言葉に由来し、これが18世紀イタリアで起きたインフルエンザ流行時に使われ、さらに英語で病気の名前として使われるようになったそうです。感染症の異常流行が人間の歴史を変えてきたといわれますが、昨今の世情不安、自然災害、異常気象を考える時、歴史の変換点のようなことが起きつつあるのかもしれないと考えてしまうのは私だけでしょうか?

話は戻りますが、手足口病の原因ウイルスはピコルナウイルス科エンテロウイルス属コクサッキーウイルスAで、エンベロープがないのでノロウイルスと同様に、アルコール系消毒薬が効きにくいため、塩素系消毒薬が必要となります。A型肝炎ウイルスやポリオウイルスなども含まれます(右表)。
エンベロープのないウイルスはいずれも正二十面体(下図)で大きさが違うだけです。ウイルスの総論の講義の時に渡された正二十面体の平面図を、私が組み立てたものですが下手ですね。家で作るようにと平面図を渡されましたが、覚えていますか?作りましたか?エンベロープがないと胃酸にも抵抗性なので、胃を通過して腸管感染を起こし、便に排泄されます。
Picornavirusですので、picoレベルの小ささのRNAvirusという意味で、ノロウイルスよりさらに小さいです。ノロウイルスは約40nmですから、1㎜直径の穴を5億個通過する、0.01mmの穴でも5万個通る。ビニル手袋に0.01mmの穴までの精度保証はできないから、ビニル手袋を着けて処置した後、ビニル手袋を外した時も手洗いで物理的に洗い流し、さらにアルコール系消毒薬で良いから消毒をしましょうと講義しています。ピコルナウイルスである手足口病のウイルスはノロウイルスよりさらに小さいわけですから感染対策は難しい。

小児麻痺(ポリオ)の感染対策のために、哺乳瓶は煮沸消毒(熱処理)をして、さらにミルトンなどの塩素系消毒薬で消毒するのは、消毒が難しいというウイルスの生物学的性状によります。2012年、3種混合ワクチン(DPT)に不活化ポリオワクチン(IPV)が加えられて4種混合ワクチンになっていますが、生ワクチンに比べると予防効果が低いと考えて、厳密な感染対策をすることが賢明だと思います。

話を元に戻しますが、孫は急に30℃台の熱が出て、熱が落ち着いてきた頃、手足に発疹が出てきました。インフルエンザかと心配していたら、近所で手足口病が流行っているからとママは落ち着いたものです。3人も育てるとネット情報、近所の友人の情報網等を駆使して、その落ち着いた判断はたいしたものです。変な微生物学の基礎研究者は足元にも及びません。しかし、いままで子供の病気と思っていましたが、最近は免疫力の低下した大人がかかるケースも増えているとのことなので、私も気を付けました。

話が変わりますが、娘が1歳半の頃、手足口病になった時の足の水泡の写真が古い版の戸田新細菌学の挿絵に載っていました。九大細菌学教室の滅菌室で手と足と尻に発疹が出ていると話していたら、それは手足口病ではなく、手足尻病だ!と言われ、驚いて心配してうろたえた私の姿を見て、冗談だったのに!と、平謝りに謝った先輩ドクターを思い出します。

1人で子育てしていて、初めての感染症らしい感染症にかかって、なにもかもが不安だった頃を懐かしく思い出しました。パパに一番生きていて欲しいと思ったのは、子供が病気やけがをした時でした。シングルマザーで育てている方々、色々大変だと思います。頼りない母親でも、一生懸命育てていれば子供はたくましく成長します。あの時そう言われても、他人事と思って、何の保証もない無責任なこと言わないで!と内心思っていましたが、親が頼りない分、子供がしっかりするのかもしれません。頑張ってね。

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