微生物学者が乳がんになった時(Ⅱ:がんも最期は感染症 その6)

Ⅱ:がんも最期は感染症<2014年9月~2015年11月>その6

ホームドクター

FEC75治療2回目点滴の1週間後位の夜(図1の5月1日、2回目白血球、好中球が減少した時)、首の付け根から肩辺りに突然衝撃のような違和感が走りました。このような衝撃は後にも先にもこの時1回だけでした。病院http://alice-uoeh.jp/alice/wp-admin/edit.phpに電話しましたが、近医で見てもらうようにと指示があり、近くの病院の夜間救急外来に行きました。この時、近くにかかりつけ医を持っていたほうがいいとアドバイスを受け、生来元気でしたのでかかりつけ医というものとは縁がなかったのですが、これを機に娘の家の近くに開業している卒業生のお世話になることにしました。質問がある時はそこでゆっくり教えてもらえるので助かります。

また、そこの薬局にかかりつけ薬剤師もお願いしました。娘家族もお世話になっていますので、家族の感染症の時には私の病気を考慮して薬を考えていただけます。私がどのような家族構成の中で闘病しているか分かっていただけるので助かります。私のような退職者は産業医との接点がありませんから信頼できるホームドクターは大事です。

臨床医と産業医の連携を

数年前からしこりに気づいていましたが、加齢により免疫能が低下したためか、退職一年前くらいに急速に増大しました。この件に関しては各方面からなぜ早く受診しなかったか?それでも医学部の教授か?基礎科学者と言えるのか?と罵倒、叱責、非難等々受けました。

一番こたえたのは、友人の医師から、これだけ医者、看護師等々に囲まれていながら、我々医療従事者を馬鹿にしているのか?と言われたことでした。これは大変申し訳なく思いました。がんなら退職まで内緒にしてきちんと仕事を終えたい、娘に心配かけられる状況ではなかった、などなど公私にわたる言い訳は色々ありましたが、病院に行くのが嫌いという単純な理由が一番大きかったかもしれません。(後述の‘早期受診’に詳述)29歳でスキルスタイプの胃がんで亡くなった主人が「この若さでがんになったらどうせ助からない、それなら最後まできちんと仕事したい」と言ったことに対し、医者のくせに、なぜ早く受診しなかった!と怒ったことが昨日のことのように思い出されます。

30年以上前のがん治療しか知らなかった私はその様変わりに驚きました。がんと分かったら死ぬまで病院だった時代とは違って、今は告知もしますし、入院せずに点滴だけという治療法が多くなっているんですね。昔は患者には病名を告げず、隠して隠して、患者はおかしいおかしいと言いながら苦しんで死んでいきました。今は普通の病気のように簡単に患者に伝えます。そのくらいがんも治る病気になってきたようです。仕事は毎日のご飯を得るために、生きるために絶対必要なのですから、がん患者の就労支援が産業医の重要な仕事になっているのが分かりました。

しかし、自宅のほうが気も滅入らずに良いとの配慮も一人暮らしの場合はどうでしょう?家族に甘えられない場合はどうでしょう?副作用が厳しい時は一人で耐えるのは辛いだろうと思います。私の場合、副作用がうまくコントロールされているとはいえ、それでも頭は集中できないし、なんだか身体の中できしむような違和感が常にあって、この時期と種類は抗がん剤の種類で異なり、これで仕事を続けるのは厳しいだろうと思いました。

情報は山ほどあります。ありすぎてどれを信じていいのか基礎知識のないものには分かりません。がん患者の多くが陥るであろう不安定さと疑心暗鬼のため、耳に都合のいい情報は気を使って良いことばかり教えてくれているのではないかと素直には信じられません。

去年と比べて元気になられましたね、と言われると、やっぱり去年は本当のことを言ってなかったのだと思ってしまいます。比較できる2年目という対象ができたというだけのことなのでしょうから、単純に喜べばいいのに、嬉しそうな表情を作りながら、内心とても懐疑的で敏感になっています!)。かといって腫れ物に触るような扱いは嫌だし、逆にそれくらいの不調は誰でもなんかあるという風な対応は嫌だし、患者は自分の病気のことで精いっぱいだからと言っていただけるのは有り難いですが、もしかしたら私が特別かもしれませんが、とにかく患者は自己中のあまのじゃくで‘取り扱い注意’です。

病院はたくさんの患者さんが並んで待っておられ、愚痴とも質問ともつかないまとまらない不安な気持ちを忙しい医師に聞いてもらう時間はありません。化療センターで点滴がすんだら押し出されるように会計を済ませ、薬をもらって帰ります。一週間に一回、診察室で「どうですか?」と聞かれると、つい「はい、大丈夫です」と答えてしまう、まるで条件反射のように。
あれはなぜなんでしょうね。あぁ、聞くのを忘れた!と思っても後の祭り。診察室というところは緊張する場なのでしょうね。職員室に呼び出された生徒のように良い子を演じてしまう。医者の方も、一人一人の患者さんとじっくり話しているとその日のうちに診察が終わらないと聞いたことがあります。

産業医(またはホームドクター)ががんの専門でなくても、医者として病院以外の緊張しない場でじっくり話を聞いてくださるのは本当に有り難いです。気持ちに寄り添っていただければそれだけで救いになります。この先生は私の話を真剣に聞いてくださる!と思えることがまず一歩です。臨床医と産業医の連携がうまくとれたらいいなあ~と思います。私の場合、先輩、同輩、後輩、卒業生、友人と臨床医、産業医、薬剤師や看護師、検査技師、基礎の研究者などなどの専門家に囲まれています。お母さんは特別に恵まれていると娘に言われます。私の動物的能天気と無知が、最終的には治療に功を奏しているのかもしれないと言われますが、それはこの恵まれた背景によるものではないかと思います。動物は自分の身体より大きな腫瘍を持ちながら死なない。それはがんによって死ぬという恐怖がないからだそうです。逆に、行く末が見える医者、看護師などの医療関係者は恐ろしいだろうと思ってしまいます。

これは専門家の言葉です。

ストレスは、がんの増悪因子!

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