微生物学者が乳がんになった時(Ⅱ:がんも最期は感染症 その8)

Ⅱ:がんも最期は感染症<2014年9月~2015年11月>その8

メンタル維持

乳がんは自分で触って分かるので、抗がん剤治療がきつくてもモチベーション維持がしやすいと言われました。内臓のがんのようによくなっているか、悪くなっているか分からない場合は不安で辛いと思います。

がん治療はメンタルの維持がとても大事です。私は一緒に住んでくれたほうが助かるとの娘の提案を甘受し、娘の家に転がり込み、退職と同時に孫と暮らすという境遇になりました。家が車で15分くらいという近さだったので、とりあえず手ぶらで同居を開始できたのが助かりました。なにが一番助かるかといえばメンタルと食事です。

ゴロゴロしていると二歳の孫娘が「きついと?」とたどたどしい日本語で聞いてきます。上の二人も心配そうに見ています。それに一人だと三度の食事を作るのはできなかった。腸管免疫ががんの克服に重要なので、三度の食事は必ず摂るようにと言われたのですが、これが守れているのは皆と食べるからです。「ごはんよ~!」と誘いに来てくれます。食事を抜くと足が氷のように冷たくなり、全身の血の巡りが悪くなるのを感じます。これは顕著です。抗がん剤治療になっても、幸い味覚障害もなく、口角が切れることはありますが食欲は健全です。

笑顔に満ちた食卓は免疫力アップ  ~常在細菌叢~

いつまでこの状態が続くか分かりません。卒業生には死ぬまで書いてくださいと言われますが、最期は感染症をいかにコントロールできるかだということが、退職後の研究課題になりました。抗がん剤は、正常細胞にも障害を与えますので、自然免疫と後天免疫の両方に影響します。後天免疫は、前述の血液検査、骨髄抑制の項で説明しました。自然免疫は、生まれつき備わっているもので、体表面のバリアーの皮膚、粘膜上皮、繊毛輸送系、常在細菌叢などを意味します。抗がん剤治療はこれらも破壊します。常在細菌叢が多様に維持されている時は健康、それが乱れ特殊な微生物に偏ると異常をきたし、その中のどれかが引導を渡す。独裁政権は崩壊の始まりという人間社会と同じ構図です。

常在細菌叢は糞便だけでなく、皮膚や口腔内にもあります。これらは身体を構成する細胞の一種という生命の捉え方が主流になってきています。常在細菌叢の細菌数(1000兆個)はヒトの細胞数(60兆個)の約10倍という考えだそうです。

抗がん剤による常在細菌叢の破たんは、抗がん剤が直接抗菌活性を示すというよりは、常在細菌叢を維持しているヒトの細胞がダメージを受けて、多様な常在細菌叢を維持できないことから、腸管免疫不全による全身の免疫能の低下、さらには下痢や便秘などが起きるのではないかと思われます。私も表2のように、アバスチン&0.75パクリタキセルの頃から総タンパク、アルブミンの値が若干ですが下限値以下(青字)になっています。排便が正常の時はこの値も正常値になるようです。正常細菌叢の乱れで、栄養の吸収が悪くなっていたのだろうと思われます。だけどやせるまではありませんでした。
糞便は食物のかすと細菌の塊と言われます。糞便として排泄される便と腸管細胞に定着している便とは細菌叢が違うそうで、定着便が腸管免疫に影響を与えるそうです。生命維持装置としての微生物叢に関する今後の研究に期待を膨らませています。

一方、強烈な感染源である孫達との同居はハイリスクですが、成長著しい彼らの姿をつぶさに見る機会を得、半世紀以上昔の子供時代を再び生きなおす子供返りの時間は、笑顔に満ちた食卓という免疫力アップの贈り物になっています。

データ

データは、PDFでご覧いただけます。

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