微生物学者が乳がんになった時(Ⅱ:がんも最期は感染症 その3)

Ⅱ:がんも最期は感染症<2014年9月~2015年11月>その3

抗がん剤治療 ~FEC75点滴~(2015年4月から2015年7月)

退職と同時にホルモン療法から抗がん剤治療に変わりました。退職翌日は心臓検査をし、4月2日からFEC75の治療が始まり、7月まで続きました。3週ごとに1回点滴し、これを1クールとして計6回しました。この治療で、乳がんがみごとに縮小し、CT&エコー、腫瘍マーカーは改善傾向を示し、4クール目の終わりには転移巣の無気肺もリンパも顕著に改善しました。

副作用としては、点滴翌日から2、3日目までゴロゴロ横になりたい感じでしたが、吐いたり、食欲不振になったりなどの副作用はありませんでした。しかし、ホルモン療法と違って、激しい骨髄抑制と脱毛(後述)がありました。肝臓のγGTP、LDHに上昇が認められますが(表1の赤字)、これも大きな異常ではなく問題ないとのことでした。腎臓には異常は見られませんでした。肝臓より、腎臓の異常の方が抗がん剤治療を難しくするそうです。

骨髄抑制は強く、1回目点滴から13日目の4月15日(図1)、白血球950、好中 球数150
と激減したため、マスク着用を厳しく言われ、またこの時から毎朝の検温を始めました。幸い現在まで体温は37℃を越えたことはなく、一度も抗生剤を飲む必要はありませんでした。なぜなら2回目からは抗がん剤点滴24時間後に白血球増殖促進剤G-ラスタ製剤(Granulocyte-Colony Stimulating Factor;持続性顆粒球コロニー刺激因子)を打ち、図のように白血球数、好中球数を維持できるようになったからです(図1)。

しかしまた、FEC75治療2回目点滴の1週間後位の夜、首の付け根から肩辺りに突然衝撃のような違和感が走りました。このような衝撃は後にも先にもこの時1回だけでした。病院に電話しましたが、近医で見てもらうようにと指示があり、近くの病院の夜間救急外来に行きました。なぜなら、我が家から抗がん剤治療を受けている病院まで車で約1時間かかるからです。この時の血液検査の結果が図1の5月1日で、白血球(3300)、好中球(2178)が減少しているのが分かります。この経験から、近くにかかりつけ医を持っていたほうがいいとアドバイスを受け、近くで開業している卒業生にホームドクターをお願いすることにしました。

実は、抗がん剤治療前の常識として、口(虫歯)と尻(痔)の治療をしておくようにということで、在職中に虫歯を5本抜きました。しかし、抜歯後に入れ歯をいれずに放置していたため、FEC75治療5回目頃から左側の歯茎から口腔全体に痛みが広がり、上唇に石が詰まって腫れ上がってしまいました(図2、FEC75の5回目の後)。この時、白血球7000、好中球5000もあったにもかかわらずです。歯茎が食べ物で傷つくそうです。これはサワシリン(ペニシリン抗菌薬)でよくなりました。そこで慌てて歯医者に行って部分入れ歯をつくってもらいました。痛みが口腔全体へ広がるのはあっという間でした。
歯医者には面倒がらずに行きましょう!

薬の併用は危険 ~5FUと抗ヘルペス薬~

そういえば産業医大勤務中、抗がん剤5FUと抗ヘルペス薬ソリブジンの併用で、1993年ソリブジン発売から1年で15名の方が亡くなられ、自主撤回するというソリブジン事件がおきました。ソリブジンは、口唇ヘルペス、陰部ヘルペス、帯状疱疹などに治療効果があり、その効果はアシクロビルより強力で、アシクロビルの効かないEBウイルスにも有効ということで大変期待されていました。致死的副作用のメカニズムは、ソリブジンの代謝物が5FUの代謝酵素を阻害するため、5FUが残存し、血中濃度が高くなり、そのため5FUの骨髄抑制などの副作用が強くなることにより起きたというものでした。

つまり、抗ヘルペス薬が抗がん剤の代謝を阻害したため、抗がん剤の副作用がいつまでも残存したということです。むやみな薬の併用の危険性、お薬手帳の重要性などを説明する事例として講義で話していました。

しかし、講義の時はそのメカニズムの話だったのですが、いま私はまさにお薬併用の真っただ中にいるんだという怖さを実感しています。5FUは抗がん剤FEC75に含まれていますし、治療が長引けば帯状疱疹や潜伏ヘルペス等が出現しやすくなります。もちろん、いまはこの併用はできませんが、これに限らず薬はきちんとメカニズムを理解して使用しないと大変危険であるし、せっかくの素晴らしい薬を闇に葬ることになることを実証した事例であったと思います。

「毒にも薬にもならない」とは‘役立たず’のことを言いますが、役に立つものは反面危険だということを肝に銘じた使い方が必須です。抗がん剤の名前を聞いた時、劇薬を各種溶媒に溶かして人間の身体に打ち込むのか!と内心ギョッとしました。大腸菌の変異株を得るために50%致死率の変異誘発剤で、つまり半殺し状態の処理していたことがよぎりました。抗がん剤やその他薬液を含めた使用のさじ加減ができるには高い経験値が求められます。だからこそ、抗がん剤否定論のような議論も起きやすいのだと思います。

しかし、私の場合、やはり明らかに抗がん剤が有効で、いろんな代替医療や薬は副作用を軽減し、抗がん剤の効果をうまくサポートしてくれていると思います。

脱毛は全身 ~FEC75~

脱毛はFEC開始1か月後くらいから始まりました。これは頭髪だけでなく、まつ毛も眉毛も鼻毛もうぶ毛も陰毛も毛という毛はすべてです。顔の肌はまるで赤ん坊の美肌です。美容室の先生が、脱毛が嫌なので先に剃髪する方がおられますが、皮膚に小さな傷がつくとそこから感染する危険性があるので、自然に抜けるに任せたほうがいいと言われました。これも経皮感染リスク予防です。

夏に抜けたので涼しくて助かりました。美容室に行かなくてもいいし、洗ったり乾かしたりの手間が省けると思っていましたが、寒くなってきたら頭が寒いことに気づきました。かつらを櫛でといている時、毛が抜けると心配になります。剛毛多毛だったので、そんな心配したことなかったのですが、かつらは一度抜けると再生してきませんからね。1本1本の毛にお金がかかってます!人の身体の再生力に改めて感動です!私の頭が大きいので、かつらは特注の必要があり10万円でした。既製品で合う方は5万円ほどで大丈夫です。ある時、下二人の孫が、目と口をまん丸く開けて私の顔を見つめていると思ったら、私がカツラを取って帽子を被ってなかったのです。大失敗!外国では女性も坊主の人がいるのに、日本ではまだ女性の丸坊主は定着していないようです。なぜでしょう?と初めて思いました。

まつげがないので涙目になりやすいです。目やにが付きやすい。メガネは助かります。鼻毛がないので乾燥しやすく感染を起こしやすくなります。マスクは感染防止と保湿のためにも助かります。鼻毛がないので、鼻くそが鼻腔粘膜にはりついて、鼻をかんでも取れにくい。どうかするとはがれてくる時に出血しやすい。皮膚が弱くなっていますからやぶれやすく出血しやすいです。まさか鼻をかむ時にまで影響するとはね。本当に自然に備わっているもので不要なものはないのだと実感しました。美容のために剃毛するのは如何なものかと思います。しかし鼻が低いのでマスクをするとメガネが曇るので厄介です。抗がん剤のせいで鼻が低くなったのかと思っていたら、ただの浮腫または肥満のせいだったようです。

データ

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