微生物学者が乳がんになった時(Ⅱ:がんも最期は感染症 その2)

Ⅱ:がんも最期は感染症<2014年9月~2015年11月>その2

全身の検査 ~甘いものは禁物~

2014年9月ステージⅣ、乳がん原発巣は計測不能、肺やリンパにも多数転移あり、手術適応外、現在まで手術も入院も無しです(2016年12月ポート挿入手術で1泊入院)。

肺原発の可能性はフェマーラ(ホルモン療法)で肺もリンパも縮小傾向を示したことから否定されました。PET、MRI、CT、エコー、骨シンチ、心CT、心電図などなどの検査を行い、脳、内臓、骨などへの転移も否定されました。PETの結果、脳が真っ赤だったので、脳に転移している!と言ったら、脳が正常に働いてglucoseを取り込んでいる証拠ですとのこと。PETはラベルしたglucoseの取り込みをみるもので、増殖の盛んな腫瘍細胞は取り込み量が多いことからラベルの強度で判別できるけど、悪性腫瘍か良性腫瘍かは人の判断にゆだねられるとのことでした。脳はMRIでしか評価できないことも知りました。がん細胞の栄養源になるから甘いものは控えるようにとの意味も、理屈はよくわかっているはずなのに、目の前の真っ赤に染まる頭を見たらさらに強烈に納得しました。それでも果物は食べたい、暑い時はアイスクリームも少しなら良いだろう!と、頭の理解はなかなか行動に変容できません。万能と思っていたPETもできないことがある!微生物の同定に、形態(顕微鏡観察)、遺伝子(PCR)、たんぱく(ELISA)、それに生物学的検査、生化学的検査、遺伝学的検査のいずれも必要なことを思い出しました。検査漬けとの悪口をよく耳にしますが、正確な判定のために互いに補完する色々な切り口からの検査が必要なのだと、とても勉強になり興味深かったです。

抗がん剤の骨髄抑制で免疫能が低下すれば潜伏感染しているウイルスが出現するかもしれないとHBV(B型肝炎ウイルス)の検査もしました。いずれ帯状疱疹(ヘルペスウイルス科、水疱瘡の再燃)、口唇ヘルペス(後述)なども出てくると思いました。それに潜んでいる水虫(真菌)も!恩師がすい臓がんの末期の時、「よく見ておきなさい、これが帯状疱疹だ」とパジャマをめくって背中を見せてくださったことに感謝をもって思い出します。抗がん剤治療のために肝臓、腎臓も正常でなければなりません。抗がん剤FECのエピルビシンは心毒性があるので心臓も検査!一挙に全身の精密検査です。それらにいずれも異常なし!私はこの65年間どのような身体で生きてきたのか、さほど健康には留意してこなかったのによくぞここまで支えてくれたと初めて真剣に自分の身体に感謝しました。一方、貧富の差なく、たくさんの最先端の検査をして、高額医療の手続きをして高度な治療を受け、国民皆保険の恩恵にあずかり、国の医療費を圧迫する高齢者の一人になったことを、当然の権利と言え、この医療費削減のご時世の中、大変申し訳なく感じた次第です。

~~CTとエコーは現在もアバスチン&パクリタキセル2クール毎に検査していますが、これは検査しすぎとの指摘があるそうです~~

血液検査 ~白血球、好中球~

抗がん剤治療の前に、血液検査で栄養、腎臓、肝臓などの生化学検査(表1)とともに、白血球、好中球などの検査(図1図2)をして骨髄抑制の程度を確認しながら治療継続の判断をしていきます。

免疫系細胞は骨髄などの免疫系の器官で作られます。約2兆個(全身の細胞が60兆個)あり、そのうち約100億個が毎日新しく作り替えられています。つまり、免疫系細胞は毛髪同様、細胞増殖が盛んにおこなわれているので、抗がん剤の影響を大きく受けます。T細胞、NK細胞は腫瘍免疫、白血球、好中球は感染予防、赤血球は貧血、血小板は止血に重要な働きをします(下図)。そこで、直接の死因となることが多い肺炎などの感染症に罹患しないために、白血球が正常値3300/μl~8600/μlの範囲であること、好中球が500/μl以上(できれば1000/μl以上)であることが重要になります。

この2年間、FEC75投与後の1回だけは別として、抗がん剤治療ができなくなるほど骨髄抑制がひどくなることはありませんでした。血色素、血小板も維持できました。「最強、無敵の骨髄ですね、ご両親に感謝されてください」と言われました。そういえば両親とも頭が大きかった。これもそれも遺伝です。学生時代、遺伝を研究テーマに選んだのは、親の似たくないところに似てしまう不条理のメカニズムを知りたいと思ってのことでしたが、役に立つところも似ていたのですね。今更ですが、なかなかの発見でした。生命を救ってくれている!火葬場で、母は骨粗しょう症だったのですね、と話していたら、親戚のおじさんがあなたたちに生前分骨しとるからな~と言われたのを思い出しました。

とにかく、血液検査がある時は、病院業務開始の8時半に病院に入って、9時半頃採血になります。採血患者が多いのですが、抗がん剤治療の患者の予約票には赤丸印がつけてあって順番を早くするよう配慮していただけたのは有難かったです。10時過ぎ頃、血液検査の結果が出たところで乳腺外科を受診し、腫瘍内科の化療センターで体温、血圧を測って、受診して、点滴開始です。血液検査って、こんなに早く結果が出るのに驚きです。細菌検査は時間がかかって、お金がかかって、外注に出そうかと議論される実態が分りました。細菌検査は培養で最低でも24時間かかりますからね。

また、これも面白い驚き。抗がん剤を点滴するベッド間隔は狭く、薄いカーテンで仕切られているだけなので隣の声が聞こえる。ある時、薬剤師さんが話している内容が私が以前受けていたFECのことだった。聞いたらいけないと思ってるのによく理解できる。自分の説明の時も十分理解していたつもりだったのに、聞くのが2回目、すでに経験済み、ということもあるのでしょうが、なんだか冷静な自分に驚きました。他人のことは冷静に聞けるんですね。この経験をして、癌サロンなんかで、他人の経験談を聞くのは理解を深める上で有用なんだろうと思いました。

骨髄抑制と発熱性好中球減少症(FN)

抗がん剤治療で最も恐れられるのが骨髄抑制による感染症です。好中球が500/μl以下になるとまさに発熱性好中球減少症(FN: Febrile Neutropenia)となります。FEC75点滴後、好中球が150となって(図1)、マスク、うがいはもちろんのこと、毎朝検温して、37.5℃以上の熱が出たらすぐ飲むようにとクラビット錠500mg(ニューキノロン系抗菌薬)を3日分いただきました。結局、これは飲まずに済みました。私は抗菌薬の副作用で激しい下痢をするので、これを飲まずに済んだのは幸せでした。本当に激しいのです!マクロライド系抗菌薬の下痢は腸管の蠕動運動亢進によるもので、それ以外の抗菌薬の下痢は菌交代症によるもので、下痢のメカニズムが違うそうですが、いずれにしても患者の私にとっては恐ろしいほどの激しい水様性の下痢です。

それから発熱性好中球減少症の場合の肺炎は口腔細菌と嫌気性菌に要注意という結果を我々の細菌叢解析の研究結果から得ています。つまり弱毒常在菌が暴れだすほど宿主の抵抗力が落ちているということです。
白血球、好中球の減少が怖いとはいえ、血液検査を待たないと分からないのでは、日常生活の自己防衛のしようがないと思っていましたが、白血球が減ると手にあったほんの小さな傷が痛んで傷があったことに気付かされました。この傷は白血球が少ない時にはなかなか治りませんが、白血球が改善していると思われる時には自然によくなっていきます。白血球の恩恵をこういう風に感じられることに驚きました。傷がなかなかよくならないときは、白血球が減少しているかもしれないので、経皮感染にも要注意です。それに、やっぱりなんとなく身体がなんとも表現できないだらしい~感じがする時には白血球、好中球が減っていると考えて、感染予防のために人込みにはいかないなどの注意をした方がいいような気がします。

治療経過:表2

病理検査はエストロゲン受容体(ER)+、プロゲステロン受容体(ProR)-、HER2-(human epidermal growth factor receptor type2)で、ER+なのでホルモン療法が有効、HER2-なのでハーセプチン(分子標的薬)は無効ということでした。この3つの性状がすべて陰性になるとトリプルネガティブと言って治療が難しくなるとのことです。

2014年9月から2015年3月までの在職中は、ホルモン療法としてフェマーラ(ER+なのでアロマターゼ阻害剤)を内服しました。

2015年4月から2015年7月までは抗がん剤のFEC75(5FU、エピルビシン(心毒性のため75mgに減量)、シクロフォスファミド)の点滴治療を受けました。

2015年8月から2016年12月まではアバスチン&パクリタキセル(Ava&Pac)の点滴治療
でした。途中、2016年2月からは、パクリタキセルの量を75%にしたAva&0.75 Pac治療になりました。2017年1月からはさらに抗がん剤を変える予定です。いずれも薬の効果がなくなって腫瘍の増大傾向が認められたときに変えることになります。その指標は腫瘍サイズの最小値の20%以上の増大だそうです。抗がん剤は8割の患者には無効でも、2割の患者に効けば有効な治療薬と評価されているそうです。そのため薬を変えても果たして治療効果があるか、副作用がどのようにでるか、これらの予測が難しいので、治療薬を変える判断はとても慎重です。

ホルモン療法 ~フェマーラ内服(2014年9月から2015年3月)~

毎日、小さな1錠を飲むだけで、本当によく効いて腫瘍は小さくなりました。閉経後の女性の場合、アンドロゲン(男性ホルモン)からアロマターゼという酵素によってエストロゲン(女性ホルモン)がつくられます。そこでこのアロマターゼ阻害剤を飲めば、女性ホルモンの産生を阻害することができます。女性ホルモンは毛髪を多くするように、がん細胞の増殖を促すのでしょうか?つまり、女性ホルモンの産生量が減れば、がん細胞の増殖も制御できるということになります。

フェマーラの副作用は女性ホルモンが減るわけですから更年期障害のようなものが出ると言われましたが、私の場合ほとんど副作用はありませんでした。退職前半年でまだ仕事をしていて、仕事に追われ、35年間の締めくくりの忙しさと緊張感で気が紛れていたのでしょうか?この治療の間、若干肝臓の値が赤字になっていますが、たいした異常ではなく問題ないとのことで、骨髄抑制もありませんでした(表1図1図2)。

しかし、薬の効きはだんだん悪くなり、3月頃から腫瘍が増大し始めました。これは自分で触って分かりました。こうして、3月31日、最後まできちんと仕事してきなさいと心臓検査を翌日に変えていただき、大学で退職の辞令をいただけたのは有り難かったです。

右の写真は、退職当日、念願の辞令をもって、龍ヶ池のほとりで撮ってもらいました。マムシ山には入らないように注意しながら子供たちと遊び、教室の皆さんとバーベキューし、仕事をさぼって散歩に来た、思い出多い場所です。桜が満開です。私の卒業式、そして入学式です。
この日をもって抗がん剤治療に専念すると心に決めました。

データ

データは、PDFでご覧いただけます。

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