微生物学者が乳がんになった時(はじめに)

はじめに

齋藤光正微生物学新教授就任祝賀会での私です!若返って、柔らかな雰囲気になりましたね、とみんなから言われました。在職中は、私ってそんなにきつかったのでしょうか?

本コラムは、2015年と2016年、「アリスの会通信」に掲載したものを再考し、まとめたものです。2014年9月、乳がんステージⅣの診断を受け2015年末までの一年半の経過を第一弾、2016年の一年間を第二弾として、さらに現在進行形の闘病記です。

全体のタイトル<微生物学者が乳がんになった時>は、退職後小説家をめざす産業医大卒業生(男性)の提案を参考に考えました。

第一弾の<がんも最期は感染症>というタイトルは、41年間の医学部勤務の中で出会った複数のドクター方の言葉です。抗がん剤の骨髄抑制(免疫力低下)により発症する感染症が直接の死因になることを意味する言葉で、その恐ろしさを新鮮な驚きをもって現在経験中です。

第二弾の<がれきの上に こいのぼり>というタイトルは東北の中学生がうたった句で、その下の句に世界中から投稿がきているそうです。東日本大震災後、環境の感染リスク評価のために石巻に検体採取に行った時に見た光景を思い出しました。この写真を見た、私より後に乳がんが発覚した友人が、‘がん’というパンドラの箱を開けた、その上に立つのは希望しかないと言った言葉に感銘を受け、この句をタイトルにしました。

アリスの会通信をまとめたものをつくろうと簡単な気持ちで始めたのですが、2年間のデータを整理して、データに基づいた報告をしたいと欲が出てきました。そこで、データの説明は2年間を通して、その時々に感じたことは第一弾、第二弾に分けるという、時系列がちょっと混乱した形になってしまいました。読みにくいところもあるかと思いますが、ご容赦ください。元気だったら次回またより改善したものを提供したいと思います。

<注>本書は主治医、化療センター、開業医の先生方など治療等にかかわってくださった方々に事前に読んでいただき、許可を得ているものです。

平成28年12月24日記す

表紙について

冊子の表紙は、北海道立旭川美術館のある常磐公園に展示されていた「行列」というタイトルの彫刻です。2008年日本産業衛生学会の後、高校訪問した時に遭遇しました。大勢のヒトが地球のような形をした球体の縁の上に並んでいます。ヒトが細菌表面の吸着因子の繊毛のようにも見え、またヒトと細菌の大きさの比較を、地球の直径とヒトの身長に例えて教えてきたものとしては気になるものでした。その上、大きな球体の上なのに、向こうに落ちるか、こちらに落ちるか、なんだか恐ろしいような危なっかしさを感じ不思議に思いながら撮りました。若い時にパートナーの死を経験したものとして、人はいつも、死と表裏一体の‘生’を生きていると思ってきたのに、やはりそれは所詮他人事、今、自身ががん患者になって、二人に一人ががんになる現代、人はいつも不安定な状態に置かれている、だけど発症するまでそのことに気づかないとぼんやり写真集をめくっていたら、たまたまこの写真に行き当たりました。もちろん球体の上の人間は彫刻ですが、下の白い洋服を着た方々は公園で遊んでいる本物の人間です。